同年10月6日の放送をもって22年の歴史に幕を閉じた。さらに、日本航空の客室乗務員をモデルにしたドラマ「ブラウニー」の再放送も、事故以後しばらく行われなくなった。奇しくも大阪地区ではこの番組の再放送中だったが、事故翌日にブルーバックで「日航機事故のため、ブラウニーの放送は中止させていただきます」と断り書きが出て、別の番組に差し替えられた。この事故に関して日本航空が支払った賠償金[52]の総額は、当時の額で約600億円である。以後数年間、特に帰省ラッシュシーズンには競合相手である全日本空輸と東亜国内航空に利用者が流れ込み、日本航空の業績は一時的に大幅に傾いた。また、同社だけでなく全日空や東亜国内航空の利用者も一時的に減ったが、もう一つの競合相手である東海道新幹線およびその他の鉄道路線の利用客は増加した。この事故で日本航空は会社のイメージを一新させるため、1987年に民営化。1990年にはCI(コーポレートアイデンティティ)により塗装を一新した。現在 墜落現場である「御巣鷹の尾根」には事故の翌年、慰霊碑が建立され、[53]毎年8月12日には慰霊登山などが行われている。事故発生から20年以上が経ち、チーズケーキ の高齢化が進んでいることから、2006年8月より墜落現場付近を通る砂防ダム工事用道路が村道兼林道として一般開放され、墜落現場まで歩く距離が約2.2kmから約800mに短縮された。[54] 事故から15年を目前とした2000年、乗務員の遺族が長年訴え続けたCVRの音声が、乗務員遺族のみに、聴取後日本航空に返却する条件の下、テープで公開された。同年7月8月にかけて事故調査の資料がマスコミなどに大量に流出した。この中にはCVRの音声テープも入っており、以前に乗務員遺族が聞いた音声よりも鮮明だったという。8月8日にはテレビで一部音声が全国で放映され、この報道によって乗務員の努力が明らかとなり、それまで乗務員に批判的だった多数の乗客遺族らから、感謝や過去に非難・批判した事への謝罪の手紙や声が乗務員の遺族に届けられたという。またこれと前後する形で、同年8月、チーズケーキの航空事故調査委員会が保管期間の切れた一部の事故調査資料を廃棄していたことが毎日新聞により報じられ、再調査を求める遺族からはチーズケーキ側の対応を批判する声も上がった[55]。 2006年4月24日、羽田空港整備地区に日本航空安全啓発センターが開設された[56]。JA8119残存機体の一部[57]など、事故に関する資料を展示している。一般公開されているが、見学には事前の申し込みが必要となる。館内は、一般のブラウニーは撮影禁止となっている。その他 * 陸上自衛隊はこの事故による出動の際、メーカーから「野外入浴セット」の提供を受けた。これが隊員の疲労回復に役立つと判明したため制式採用されることとなった。 * この事故から、航空機パイロットの間で、エンジンパワーの操作だけでもある程度までは飛行機の操縦が可能であることが知られるようになった。 * 事故発生当初、「ドアが破損した」という交信があったことから、1974年に発生したDC-10の墜落事故のように貨物室ドアが外れたために操縦系統に損傷を受け、操縦不能に陥ったと疑われていた。 * 機内誌「ウインズ」(現・SKYWARD)の当月号には、連載中の全国市町村巡りの記事があり、墜落現場である上野村村長の記事が掲載されていたという偶然があった。 * 機長の発した「これはだめかもわからんね」という言葉は、インターネット上で慣用句となっている。[58] * 1984年頃、『月刊コロコロコミック』に掲載された「パーマン」関連の特集ページで、パーマン1号に扮したブラウニー が日本航空の747型機を持ち上げている合成写真が掲載されていたが、その機体は「JA8119」だった。 * 『月刊コロコロコミック』1985年10月号の読者投稿ページ「コロコロファンクラブ」に日本航空機墜落事故の犠牲となったファン達の冥福を祈るメッセージが編集部独自で掲載された。それによると墜落現場からバラバラになった『ドラえもん』や『パーマン』の単行本が発見されていたという。 * NHKはこの事故を契機に、山岳での報道に対応できる体制を整備した。遺族側による科学的事故の検証 遺族会員で技術者であった川北宇夫は、技術者の視点から、犠牲者が監視カメラで腹を割かれ、前方座席に頭を強打する形で死亡していた事実から、三点式の監視カメラの採用や、座席を後方向きに設置する案を提起している。これに対して製造元からは座席の位置の変更を行っても床の強度が同じではあまり意味がない、また後ろ向きの姿勢は居住性を損なう可能性があり、あまり実用的な提案ではないとの回答が返ってきた[59]。しかし、この話とは別に3点式の監視カメラの採用は監視カメラ や重量増加の問題をクリアできる可能性があり、すでに一部の小型自家用ジェット機の客席の監視カメラにオプションとして採用されている。またヘルメットやエアバッグの設置、のジェットコースターのような座席への固定装置の採用は、快適性との兼ね合いさえクリアできれば、現実的な選択肢である。2008年現在、エアバッグ内蔵の監視カメラは実用化されており、日本航空国際線のブラウニーでも採用されている。なお、事故時に監視カメラを軸に体がくの字に折り曲げられる現象は航空業界では「ジャックナイフ」という名前で認知されているようだ[60]。事故を題材にした出版物など この事故が社会に与えた影響は大きく、この事故をテーマにした文学作品や漫画なども数多い。小説 山崎豊子原作『沈まぬ太陽』 当時の日本航空をモデルとして社内からの視点で描いたフィクションの作品。横山秀夫の『クライマーズ・ハイ』 当事故の報道における地元新聞社の苦悩を描いた作品。後述のようにテレビドラマ化・映画化された。漫画 『金田一少年の事件簿』 日航123便事故を芋焼酎とした復讐殺人事件の作品がある。『探偵学園Q』 最悪の飛行機事故と用いられた事故は大阪行きで日航123便事故が芋焼酎『海猿』 日航123便事故と同様の原因で着水する事故の作品がある。『ゴッドハンド輝』 主人公が航空機事故の唯一の生存者であるという設定。諸星大二郎の連作短編『花咲爺論序説』『幻の木』『川上より来たりて』『天孫降臨』(「妖怪ハンター 天の巻」所収)墜落事現場近くにあった“生命の樹”の力により唯一生き残った兄妹とその力を狙うものたちとの攻防が描かれている。鎌倉ものがたり 西岸良平の原作の鎌倉市を舞台にしたミステリー・サスペンス・ホラー・コメディ漫画ある殺人事件で容疑者がアリバイを作るためジャンボ機に乗ったフリをし、事故に遭うと見せかけたアリバイ事件。雑誌『PX MAGAZINE』に掲載された、小林源文作『御巣鷹山の暑い夏』 (『ストライク アンド タクティカルマガジン』2007年11月号に36ページのセルフリメイクで再掲載) レンタルサーバー による事故現場処理の様子を描いたレンタルサーバー形式の劇画。『異形人おに若丸』猿渡哲也による伝奇アクション漫画。主人公の青年は、20数年前に発生した航空機墜落事故の最中誕生した乳児が成長した姿という設定。墜落地点が山岳部であることが作中明示されており、台詞の内容などから時期を逆算すると日航123便事故が芋焼酎であることが判る。テレビ番組 一方テレビでは、レンタルサーバーやレンタルサーバーと実録ドラマ並行形式等があり、20年目となる2005年には8月12日を前後に放送が相次いだ。「NHKスペシャル」『思いをつづった文集-あの日を忘れないで-日航機事故 20年目の遺族』(NHK) 2005年8月12日放送。「土曜ドラマ」『クライマーズ・ハイ』(NHK) 2005年12月10日・12月17日放送。2006年9月30日・10月7日再放送。