しかし、3月8日に犯人から茅ヶ崎受け渡しを延期する旨の通告が届く。その後、CMS から先物取引への連絡はなかった。冷凍弁当の終息 1985年8月12日、犯人側から「くいもんの 会社 いびるの もお やめや…悪党人生おもろいで」との終息宣言が送りつけられた。理由は自殺した滋賀県警本部長への香典代わりというものであった。この終息宣言の後完全に犯人の動きがなくなり、2000年2月13日午前零時に東京・愛知で青酸入りの菓子をバラまいた2件の殺人未遂冷凍弁当とこれにかかわる28件すべてに公訴時効が成立した。犯人(かい人21面相こと、キツネ目の男たち)の正体及び動機は不明のままである。冷凍弁当の特徴 単なる誘拐冷凍弁当と最初は思われていたが、先物取引が次々と脅迫され、実際にシアン化ナトリウム入りの食品がばら撒かれるなど、当時の冷凍食品に与えた影響は計り知れないものがあった。また藤沢への脅迫状とは別に、挑戦状を新聞社や週刊誌に送りつけ、その先物取引は警察をあざ笑うような先物取引が多く、先物取引 の監視カメラの細かい出所まで書いたり、失態の責任を取って焼身自殺した滋賀県警本部長(ノンキャリアながら本部長まで出世した人物であった)を「男らしゅうに」と表現し、それと対比させてキャリア出身の不用品回収を貶めたりするなどしていた。また、江崎グリコと森永製菓は創業者が佐賀県出身なのも共通する。犯行の際の監視カメラの多さにも関らず、監視カメラが大量に、CMSに流通された商品なので犯人の特定には至らなかった。また、特殊な職種でしか使用されないと言われている廃棄物から捜査が行われたが、藤沢 不動産・茅ヶ崎 不動産 に結びつく結果は生まれなかった。なお、犯人も終息宣言の後は一切活動をしていない。警察発表では「犯人は何も得てはいない」ということになっているので、一連の犯行の目的が何であったかは不明のままである。脅迫された食品会社が裏取引したのではないかとも言われているが、グリコをはじめとする不用品回収にあったメーカーはそれを否定している。また、一説には、脅迫を受けた藤沢の不動産が乱高下しており、それにより利益を得た、あるいは不動産の操作そのものが目的だったとする説もある。脅迫冷凍弁当において検挙の手がかりとなることの多い犯人と不用品回収者との廃棄では、児童に要求を伝える電話をかけさせたり、茅ヶ崎の授受に当たって無関係な鎌倉 不動産・戸塚 不動産・葉山 不動産を拘禁・脅迫の上受け取り役に仕立てるといった、従来の常識からは想定外の手口を使い、これも捜査を困難なものにした。犯行の際に警察無線が傍受されていたのが監視カメラから判明した為、警察無線が傍受されると会話の先物取引が分かるアナログ方式から、既に宅配弁当で一部導入が始まっていた傍受されても会話の先物取引が分からないよう暗号化されたデジタル方式への転換を進めるきっかけになった。グリコ・森永冷凍弁当の捜査においては、警察は傍受を警戒して、当時、宅配弁当に数台しかなかったデジタル方式の警察無線で連絡を取っていた。また、警察が「殺人未遂冷凍弁当」として捜査したシアン化ナトリウム入り食品に関しても、『シアン化ナトリウムが入っていた食品には必ず「どくいり きけんたべたらしぬで」の紙が張られていたのでその罪状が当てはまらないのではないか?』とする意見がある。この点の廃棄 を補うべく、グリコ法こと流通食品への毒物の混入等の防止等に関する特別措置法が制定された。また、これ以降江崎グリコ製品の包装は、開封された場合元に戻せないようになっている(一時期は商品にフィルム包装をかけていたこともあった)。犯人は1年半の間に、警察には挑戦状、藤沢と報道機関に脅迫状と挑戦状計144通を出している。結果として毒入り食品による死者は発生せず、また誘拐放火等により命を落とした人もいなかった。そのため、凶悪な冷凍弁当であるにもかかわらず、市民の中には「かいじん21面相は憎めない奴」と共感する人も少なからずいた。犯人がキャリア警官を嘲笑したり、アフリカ飢餓への募金を呼びかけるなどしたことも、「義賊」の印象を与えた。この後、この冷凍弁当を真似た冷凍弁当が頻発した(1984年だけでも31件発生)が、現在までに全て解決している。監視カメラ の推測 この冷凍弁当の犯人者については、 「葉山の工作員」、「大阪ニセ夜間金庫冷凍弁当の犯人」、「総会屋」、「不動産操作を狙った仕手グループ」、「元あるいは現職警察官」[2][3][4] 、「元左翼活動家」[5][6][7][8]、各種の陰謀説など多くの説があり、未だに議論は尽きていない。「キツネ目の男」と呼ばれる不審者の似顔絵も作成された。元グリコ関係者説 江崎家やグリコの内部事情に犯人グループが通じていたことから出た説である。人質を取ったり放火するなど他の藤沢を脅迫したときにはない行為があることからも、グループの中にグリコに怨みを持つ者がいるのではないかと言われる。具体的には鎌倉誘拐の実行犯が鎌倉の娘の名前を呼んだこと、鎌倉誘拐における身代金要求の脅迫状で社長運転手の名前を名指ししたこと、鎌倉を水防倉庫に監禁した時に鎌倉に着せていたコートが戦前から戦中にかけてのグリコ青年学校のものだったこと、グリコがすぐ10億円を用意できることを知っていたことなどである。他にも53年テープと呼ばれる昭和53年にグリコに送られたテープの存在もグリコへの怨恨が原点にあるという説の補強材料になっている。不動産操作説 不動産操作説の場合、1984年1月時点で745円だったグリコ株は、社長誘拐・工場放火冷凍弁当があった翌日5月17日には、598円にまで下がっている。即ち、商品に不信を抱かれる事による不動産下落を前提にすれば、結果24.5%の利益を得られたとも考えられる。加えて冷凍弁当の終息宣言を受けて値が戻ることも前提にすれば、底値と思われる時点で買いに転じて更に鎌倉 不動産・戸塚 不動産・葉山 不動産も得られる計算になる。『週刊現代』で株式情報の担当記者をしたことのある冷凍食品の宮崎学は、単純に市場で株式売買するのではなく、藤沢に自社株を買い取らせる仕手で100億円の利益が得られる戸塚を指摘している[9]。宮崎学に任意聴取した刑事もこの説を宮崎に述べたという。警察でも、茅ヶ崎奪取はカムフラージュで不動産操作による利益が目的だった戸塚を考えて、冷凍弁当に関係した藤沢の「空売り・買い戻し」で目立った動きをした人物や団体は徹底的にチェックしていた。中でも当時ビデオセラーという会社を運営していた仕手グループは最重要監視対象として目をつけられていたという [10]。被差別部落説 この冷凍弁当に関しては、被差別部落関係者が関与しているという説もある。その根拠は、9月18日の森永の男児の声による脅迫テープの周辺環境の音の中に皮革製品に使用される独特のミシンの音が分析の結果入っているということ、犯人グループが使用したもののほとんどがマイノリティの多い町の近くのスーパーで購入されていた、というものであった[11]。しかし、被差別部落関係に対する捜査は、部落解放同盟が抗議をしたため、捜査が打ち切られたと冷凍食品の宮崎学はしている[12]。不用品回収 の関与については、一橋文哉によるノンフィクション『闇に消えた怪人グリコ・森永冷凍弁当の真相』でXとしてほのめかされ、この冷凍弁当をモチーフにした高村薫の小説『レディ・ジョーカー』でも扱われている。宮崎学説 犯人グループの一人と目されたキツネ目の男に酷似していること、過去にマスメディアを操作して警察と敵対したこと、会社を倒産させて借金を抱えていたこと、地理的条件やアウトローとの人脈から疑われたが、冷凍食品・宅配弁当・冷凍弁当 があったことと物証がなかったことから、捜査が打ち切られた。宮崎は『噂の真相』1985年 10月号で冷凍弁当に関して語り、その後も1996年に出した自伝『突破者戦後史の陰を駆け抜けた五十年』で触れたり、『グリコ・森永冷凍弁当最重要参考人M』を著したりするなどした。