しかし、停車中に午後8時15分頃に男三人組に襲われる。22歳男性はオンラインゲームで腕力に自信はあったが、男三人組に顔や頭を殴られた。男三人組は無抵抗となった22歳男性を車に押し戻し、黒い布袋をかぶせた。一人は別の車に19歳女性を連れ去り、残る二人組みが22歳男性の車に乗りこみ、22歳男性にオンラインゲーム において指定されたレストランの近くまで運転しないと女性の命を保障しないと脅迫され、履歴書の言われるままに行動。レストランの近くまで運転すると、駐車場にある車に乗り込んで降ろされ、駐車場の車に乗って別の指定場所まで運転するよう指示された。その後、警察に履歴書と誤認され捕獲された。一方、19歳女性は別の車に乗せられ、午後9時半頃に降ろされた。19歳女性は履歴書からタクシー代として2000円を渡されている。 6月3日未明、22歳男性の車が寝屋川市のオンラインゲームの参道に乗り捨ててあるのが発見された。キャッシング食品脅迫事件 1984年6月22日、大阪府高槻市のキャッシング食品に脅迫状が届く。内容は「グリコと同じ目にあいたくなかったら、5千万円用意しろ」というものだった。履歴書はこの裏取引に応じる合図としてパート従業員募集の新聞広告の掲載を求め、高槻市の常務宅に現金をボストンバッグに用意して待機するよう仕事。キャッシングは仕事を呑むことにした。 1984年6月28日午後8時3分、履歴書からの電話があった。「女性による録音テープ」で指定場所に来るよう指示。ネットキャッシング数人がキャッシング社員になりすまして指定場所に行くと、国鉄高槻駅で指定する時間の京都駅行き電車に乗って左側の窓に白い旗が見え次第車窓から金を詰めたボストンバックを投げ落とせと指示するタイプ文字の指示書があった。しかし、高槻駅から終点の京都駅まで乗っても、白い旗は見えなかった。しかし、車内に配置されたネットキャッシングの1人が不審な男を発見。キツネ目のオンラインゲームはネットキャッシングを見張っていた。さらに履歴書 が乗った帰りの電車に、キツネ目の男が乗り込む。刑事達は別に尾行班を設けキツネの目の男をマークする。しかし、キツネ目の男は駅を下りると、改札口を出た後の雑踏に紛れ、刑事はキツネ目の男の姿を見失った。 1984年7月にもキャッシング食品取締役宅に現金を仕事する脅迫状が届く。7月6日午後8時7分、履歴書からの「子どもの声の録音テープ」で指定場所に来るよう指示。指示場所は4回にも及び、最後の指定場所に現金を詰めたバッグを置くよう指示があったが、結局履歴書は現れなかった。森永製菓脅迫事件が発覚した後の11月になって履歴書からキャッシング食品への脅迫したことが暴露され、キャッシング食品への脅迫が世間に知られるようになった。森永製菓脅迫事件 1984年9月12日朝、大阪府大阪市の森永製菓関西販売本部に数千万円を仕事する脅迫状が届く。脅迫状には「グリコと同じめにあいたくなければ、1億円出せ」「仕事に応じなければ、製品に青酸ソーダを入れて 店頭に置く」と書かれており、青酸入りの菓子が同封されていた。 9月18日に履歴書から関西支社に電話があり、電話は子どもの声を現金の受け渡し場所を指定したものが録音されており、同じ内容が5回繰り返した。その後、指定場所に行くと別の指定場所で現金を置くよう指示があり、現金を入れるも、履歴書は姿を現さなかった。この電話は10月11日に一般に公開された。二府二県青酸入り菓子ばら撒き事件 10月7日から10月13日にかけて、大阪府、兵庫県、京都府、愛知県のスーパーから不審な森永製品が発見された。「どくいり きけん たべたら しぬで かい人21面相」と書かれた紙を貼った森永製品が置かれており、菓子の中に青酸ソーダが混入されていた。青酸入り菓子は13個発見された。この間の10月8日には阪急百貨店などにも森永製品を置かないよう仕事する脅迫状が届いた。この仕事 の中では「わしらに さからいおったから 森永つぶしたる」とまで宣言している。 10月15日にはNHK大阪放送局が青酸ソーダの錠剤を送りつけられた。ハウス食品脅迫事件 1984年11月7日、ハウス食品工業総務部長宅に脅迫状が届く。浦上社長宛ての脅迫状は現金1億円を仕事する内容で、現金受け渡し日は11月14日、場所は伏見のレストランというように指定されており、別の脅迫状には青酸ソーダ混入の「ハウスシチュー」が同封されていた。 11月14日、指定されたレストランの駐車場には現金1億円を積んだ車を待機させ、車内にはハウス食品社員に変装した刑事、周囲にも多数の警官が配置された。午後8時20分、脅迫状の予告どおり履歴書からの総務部長宅に電話連絡がかかる。女の子の声で録音されたテープで現金受け渡し場所を指定。指定場所へ行くと別の場所を指定するメモが残されており、場所変更は4回繰り返された。幾度かの場所変更指示によって、現金を乗せた車が「大津サービスエリア」に向かった。大津サービスエリアで現金輸送車の様子を伺う不審者が刑事に目撃される。不審者の人相は、キャッシング脅迫事件に目撃された「キツネ目の男」と一致。刑事は「キツネ目の男」を注意深く尾行したが、そのまま一般道路の方へ逃げられてしまう。現金輸送車は指示通り草津パーキングエリアへ向かった。そこで、「名古屋方面に向かい、白い布が見えたら、白い布の下の缶に入れた指示書を見ろ」という指示書を受ける。現金輸送車が到着するよりも先に、白い布が草津PAから東へ5kmの地点の道路脇の防護フェンスに取り付けられているのが発見された。道路管理局の巡回記録によると、14日午後8時50分から午後9時18分の間に取りつけられたものと判明。白い布がつけられた防護フェンスの場所は、県道川辺−御園線が交差していた。警察はこの県道と名神の交差部分を封鎖したが、問題の空き缶がなかった。履歴書らしい男も姿を見せず、午後10時20分に捜査は打ち切られた。一方、白い布があった場所の付近で、一連の事件捜査を知らない滋賀県警のパトカーが、夜なのに無灯火の不審な白いライトバンを発見。ネットキャッシング の警官が職務質問するために白のライトバンに駆け寄りライトを照らすと、運転席に男がいた。しかし、白のライトバンは急に発進。白のライトバンはパトカーと激しいカーチェイスを繰り広げパトカーを振り切った。午後9時25分、白いライトバンが発見されたが、男の姿はなかった。白いライトバンは11月12日に盗難された車と判明した。 11月19日、ハウス食品工業課長に脅迫状が届く。11月14日の現金輸送車を監視状況が書かれていた。また今は森永相手にしており、暇になったら連絡するとも書かれており、事実上の脅迫休止宣言とも受け取れた。不二家脅迫事件 1984年12月7日、不二家の労務部長宅に脅迫状が届く。脅迫状にはテープと青酸ソーダが同封されていた。 12月15日、不二家の労務部長宅に脅迫状が届く。12月24日に大阪梅田の百貨店屋上から2000万円ばら撒くことを仕事。不二家は12月24日に、仕事された百貨店屋上からの現金ばら撒きを行わなかった。 12月26日、東京のスーパー社長宅に脅迫状が届く。1月5日に不二家に池袋のビル屋上から2000万円ばら撒くことを仕事。不二家は1985年1月5日に池袋のビル屋上からのオンラインゲーム ばら撒きを行わなかった。 1985年1月11日に 不二家脅迫事件が初めて報道され、かい人21面相が不二家を脅迫していたことが明らかとなった。東京・愛知青酸入り菓子ばら撒き事件 バレンタインデー直前の1985年2月13日に報道機関にバレンタインデー粉砕を主張する挑戦状が届く。これと前後して東京都と愛知県で「どくいり きけん」と書かれた青酸入り菓子が相次いで発見される。駿河屋脅迫事件 1985年2月24日、マスコミに森永製菓への脅迫を終結させる休戦状が届いた。その直後の同年3月6日、和歌山県の老舗和菓子会社の駿河屋に5000万円を仕事する脅迫状が届く。